JICA愛媛 大石紗己さんインタビュー 受け取ったやさしさを原動力に、愛媛から途上国支援の輪を拡げる
愛媛から世界中へ開発支援の輪を拡げる活動しているJICAの愛媛デスクの大石紗己さんは、2021年の3月までの7年と3か月をセネガルで過ごしました。愛媛の兼業農家に生まれた彼女を途上国へと向かわせたのは、中学生時代に軽い気持ちで行ったオーストラリアでの体験でした。
彼女の人生のベクトルを大きく途上国支援へと向けた原動力は今もなお続き、セネガルで目の当たりにした持続可能を実現するための教育の大切さを多くの人へと伝えています。
今途上国に求められることと、愛媛で活動することの意義など、現地で長い時間を過ごしたからこそ見えたことや彼女の想いを聞きました。
きっかけとなったのは些細な「やさしさ」の体験
兼業農家に生まれ育ち、海外とあまり接点がなく英語が苦手だった大石さんが初めて海外に行ったのは、中学校での10日間のオーストラリア研修でした。そしてそこで彼女が体験したことが、途上国支援を始めるきっかけとなったのです。
それは、郵便局で困っていた見ず知らずの外国人であった彼女に、あるオーストラリア人女性が自然に声をかけ、すべてサポートしてくれたというものでした。その体験は、限られた日常の中で生活していた彼女に世界の広さを感じさせ、また「やさしさ」の鮮烈な印象を与えました。それを機に、オーストラリアに住みたいという想いと日本を海外の人に伝えたいという気持ちから、日本語教師を目指すようになります。
大学へ進学した彼女は、国語教育を学ぶ傍ら積極的に外国人への日本語教育に関わりました。大学在学中に1年間休学してバンクーバーにワーキングホリデーで滞在したのち、大学卒業後はタイで念願の日本語教師として働き始めます。
大変な経験を積まないと良いものを作れない
2度の契約更新を経て約3年半を現地採用の日本人教師としてタイで過ごした彼女は、「大変なことが多かったけれど」と、当時を振り返りさらりと話します。言葉も生活習慣も違い、日本のような不自由ない環境が整っているわけではない場所での初めての社会人経験の大変さは、おそらく日本の生活に比べ想像できないような毎日だったのではないでしょうか。しかし、その大変さを彼女が乗り越えられたのは、現地の人たちのやさしさだったそうです。
同僚だけでなく、廻った他のアジア諸国でも、とにかく現地の人たちに救われ、やさしさに触れる機会が多かったという彼女。いつしか
自分は生かされている。
自分は何を返せるのだろう?
そんな想いが日々浮かぶようになりました。与えられたやさしさによって、自分も人の役に立ちたいという強い意志が育まれたのです。
そして、アジアは日本からも近く比較的日本からの支援を受けやすいのではないかと考えた彼女の意識は、もっと支援を必要としている場所へと向かいます。それが、アフリカでした。
持続可能な支援を目指し、JICA海外協力隊としてセネガルの日本語教師に赴任
タイからの帰国後、途上国支援のために大石さんが選んだのがJICA海外協力隊でした。もっと人助けがしたいという気持ちと好奇心からアフリカを希望した彼女は、日本語教師を必要とするアフリカの国は多くないという状況下において、運よくセネガルの日本人教師の募集を見つけました。そしてそのセネガルで、7年以上の年月を過ごすことになります。
【セネガルの学生に日本のピースサインを教えて撮影(写真提供:大石紗己様)】
JICAの正式名称は「独立行政法人国際協力機構」。日本の政府開発援助(ODA)2国間協力を担い、海外100拠点、国内15拠点で途上国支援を行っています。JICA四国は国内拠点の一つとして、JICA事業や国際協力に関する情報発信、グローバル人材育成支援、自治体やNGOや大学、民間企業などと連携した国際協力事業の推進をします。また、それらを通した地方創生や国際化にも貢献します。
途上国支援において重要なのは、単に「与える」のではなく、現地の人たちが持続的に機能できる仕組みをつくることです。それがJICAの目指す「パートナーと手を携えて、信頼で世界をつなぎ、人間の安全保障と質の高い成長を実現」へ繋がる支援です。
途上国支援は、SDGsのゴール「17パートナーシップで目標を達成しよう」に紐づきます。経済的に自立できるようにするための国際的な支援や環境に配慮した技術の移転・開発や普及の促進などです。そのうち特にJICA海外協力隊として大石さんがセネガルで注力したのは、日本語教育や教育を通した人づくりのお手伝いでした。
教育を通した人づくりは、社会づくりや国づくりへもつながる
一握りの富裕層と多くの貧しい人が存在しているセネガルには、識字率が低いという現実があります。セネガルを含むサブサハラ地区では、男性の識字率が74%、女性の識字率が79%。これは世界平均の91%、93%と比べ圧倒的に低いものです。
教育を受けることができないと公用語を使うことができず、公用語を使うことができないと良い仕事に就くことができません。そして、良い仕事に就けないと十分な収入を得ることができないため、親は子供たちに教育の機会を与えることができないという負のサイクルが続いています。
「教育は人づくりであり、それは社会を作り、ひいては国を作るとても重要な要素なんです」
教育が得られないことから十分な収入がなく、罪を犯して生活費を補うということが起きてしまいます。貧困から抜け出すには人づくりが重要であり、そこから社会秩序が保たれる。だからこそ教育は国づくりにとても重要だと大石さんは話します。
教育はまた、環境問題にも密接につながっています。
SDGsが定められ世界各国で政府や企業がその達成を意識している今、多くの国でサステナビリティ教育が始まっていますが、途上国では、読み書きでさえ貴重な学習にあたる彼らの日常に、環境、温暖化、SDGsが先進国のように登場することは多くありません。最低限の教育を得る機会さえあやうい子供たちが、自分の生活や行動がどのように環境につながっているかを知る機会はほぼないと考えられます。途上国でサステナビリティに対しての配慮がされにくい状況にあるのは、まず情報が届いていないというのが大きな理由としてあります。目の前で起きている水不足の原因を知ることすら難しく、その水不足がさらなる課題を引き起こしていることにも気づかないままの人が多いのです。
気候変動が、教育を受けることの足かせをさらに大きく
世界中で起きている温暖化の影響を最もダイレクトに経験するのは、途上国の人々です。その代表的な例が、気候変動による水へのアクセス。途上国の多くの人にとって、水へのアクセスは年々難しくなってきています。干ばつが進み、以前水を得ることができた場所で得られなくなり、より遠くまで水を汲みに行かなくてはならなくなっています。そしてその水汲みは子供の仕事であることが多く、子供たちから学校に行く時間を奪っているのです。
女性教育と地球温暖化関連の関わり
JICA海外協力隊としてセネガルの現地に溶け込んだ2年7か月、人に携わりながら彼らの生活習慣や文化も理解してきました。
その後は別の教育支援団体に所属し、再び違う角度からセネガルで教育支援に携わります。大石さんが所属していた教育支援団体で実施していたリーダー育成プログラムの参加メンバーは、ジェンダーバランスを考えて構成されていました。しかしながら、セネガルも例にもれず女性の教育意識は男性に比べて低く、応募者が少なかったり学力が低かったりという状況だったそうです。
【新年の抱負と折り紙で作った干支の犬を貼って(写真提供:大石紗己様)】
地球温暖化を逆転させる具体的な方法を示した書籍「DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法」(ポール・ホーケン著)によると、100の解決策の上位に女性に大きく関わる2項目がランクインしています。
1位:冷媒
2位:風力発電(陸上)
3位:食料廃棄の削減
4位:植物性食品を中心にした食生活
5位:熱帯雨林の保護
6位:女子への教育機会の提供
7位.:家族計画
8位:ソーラーファーム
9位:林間放牧
10位:屋上ソーラー
女児が教育機会を得ることによって、自ら収入を得ることができ、出産する子どもの数やタイミングをコントロールすることができるようになります。それによって子供たちにも教育を与えることができるため、結果的に環境への負荷を軽減し温暖化対策につながるというものです。
【セネガルの母と子。伝統的な柄の服を纏う人も多い(写真提供:大石紗己様)】
また、まだまだ家庭を守る役割は女性のほうが大きいため、女性への教育はより環境や人への配慮ができ気候変動抑制への貢献ができるという期待もあります。
セネガルの教育現場ではまずはジェンダー平等をととのえていくという段階ではありますが、気候変動をダイレクトに感じやすい途上国だからこそ、温暖化への影響にも考慮して女性のエンパワーメントの促進が望まれます。
参照:ポール・ホーケン「プロジェクト・ドローダウン」(YouTube)
関連リンク:ECCCAコラム 女性が自分らしく生きられる社会は地球温暖化の「希望」
途上国支援において重要なことを知ってほしい
「途上国支援」という言葉は、先進国の持っている経済力や知識を与え、助けるというイメージを持つ人が多いかもしれません。しかし、大石さんは支援がその国にとってサステナブルであるかどうかを意識することの重要さを強調します。
その支援は本当に現地に必要なのか、その支援は一過性のものではなく彼らにとって持続可能なものなのか。そしてその判断において必要なのは、現地の人に寄り添い、現地の生活やバックグランドを知ることだと彼女は続けます。
「支援活動を通して彼らのマインドを変えていくことも非常に大切な一つの支援です。“支援慣れ”といって、支援を単に受けることに慣れてしまい他人任せになっている途上国の人もいます。でもそれでは受け取ったものがなくなった後にまた元の状態に戻ってしまい、本質的な解決にはなりません。支援を自分ごと化でき、責任を持つことができるようになることを含めた“人づくり”が必要なんです」
彼らには“時間を守る”という、先進国では当然な意識さえ持たない人もいます。日本だけで暮らしていると、日本の常識をもとにしか想像することができず、問題の存在にすら気付くことができません。だからこそ、彼らの生活の中に入り、ともに時間を過ごすことで、彼らに本当に必要なものが何なのかを見つけていくことが必要不可欠なのです。
【家族同様に受け入れてくれたセネガル人家族と一緒に(写真提供:大石紗己様)】
“困っている人を助けたい”というやさしさや思いやりが世界平和へつながる
セネガルの生活が好き、セネガル人が好き、現地のために何かしたいという気持ちが大きい大石さんですが、愛媛からは自分の経験を活かして現地のことを多くの人に伝えることが途上国支援につながると信じて活動を続けています。
JICA愛媛は国際協力推進の中でも開発教育に力を入れており、小・中・高・大学と幅広い年齢の学生や自治体との連携を通して一般の方々にも、現地の状況をSDGsと絡めながら伝える活動をしています。ここ数年のSDGsの認知の拡大により、SGDsの視点を教育に取り込む学校や自治体が増え、彼女がこれまでの経験を伝える機会も増えています。その甲斐もあり、新型コロナ感染症の影響で止まっていたJICA協力隊の派遣が再開した今、大石さんのもとへは高校生、大学生からの相談が増えています。
【セネガルでの活動を興味津々に聞く愛媛の小学生(写真提供:大石紗己様)】
支援活動へと向かう多くの人の活動の源泉には、彼女自身がそうであったように、困っている人を助けたいというやさしさや思いやりがあると大石さんは感じます。海外で受けたやさしさの恩返しをしたいという方や、幼い頃に読んだ児童労働の本がきっかけの方。また、大石さんのような海外協力隊からの話を聞くことが刺激となり、自分の進路の選択肢の一つと考える人も多いそうです。
「個人レベルの行動は直接的に大きなインパクトを与えられないかもしれないけれど、それは間違いなくSDGs の“ゴール17パートナーシップで目標を達成しよう“だと思っています。小さな活動でも、それがつながり、パートナーシップが広がり、世界の平和構築につながると思うんです」
その想いが彼女の活動の原動力です。そしてそれはまさしく、彼女自身が中学生の時に受け取ったある一人からの”やさしさ“が、彼女の活動によって数えきれないほどの人たちに広がり、さらにそこから輪が広がっているという、彼女の行動そのものです。
愛媛で多くの人に伝え、世界に支援の輪を広げるのが今の役割
途上国では、電気・ガス・水道といった先進国で当然不自由なく使うことのできるライフラインすら整備されていないため、人とのコミュニケーションなしでは生きていけません。そのため途上国と先進国では人の関わり方が異なります。また、アフリカは多民族国家が多く、言葉や習慣が違う人たちがお互いを受け容れあって一緒に住んでいます。だからこそ、肌の色が明らかに違う大石さんに対しても同じように接し、人として手を差し伸べるという文化が根付いています。
【一つの料理を囲んでコミュニケーション(写真提供:大石紗己様)】
近所の人との会話さえもままならないことが多いのが今の日本です。ましてや外国人に対するハードルはまだまだ高いのが現実。大石さんは少しでもそのハードルを下げたいと願っています。
人と人はボーダーレスにつながることができ助け合えるという世界を広げるための手伝いをしたい。その一歩としてまず知ってもらうところから始める。彼女がこれまで受け取ったやさしさの貯金はたくさんあり、まだまだ返せていないと彼女は語ります。もらったやさしさを返していく。彼女が渡したやさしさは途上国支援の温かい輪となり、これからも大きく拡がっていくことでしょう。
【企画紹介】
ECCCAは愛媛県の地球温暖化防止活動推進センターとして、地域環境を入口としたサステナブルな想いと情報を地域に届けるWEBサイトの運用を行っています。株式会社YUIDEAは企業や団体のマーケティングコミュニケーションやサステナブル・ブランディング支援を行う一方で、オウンドメディアを運用しています。
相互のゆかりの地から繋がる「人・場所・産品・取り組み」などを取材し、環境や気候変動、サステナブルな観点からコンテンツとして紹介し合うことで、新たなつながりを生み、ひろげていく共創プロジェクトです。