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COLUMN&INTERVIEW

ハカセと学ぶ気候変動と自分たちのつながり 第八回:プラスチックと私たち(中編)

硫黄島の海岸で

今回は僕の実体験を含めつつ、プラスチックと私たちについて(中編)をお伝えしたいと思います。
前編はこちら

トップの写真は、2020年の1月に、僕が住む硫黄島の海岸で撮ったものです。ウミガメが漁網に絡まって打ち上げられていたのを友人が発見。幸いなことに生きていて、網を切って助けることができました。

しかしかわいそうに、目や鼻にたくさん砂が詰まっていました。

(目にも鼻にも砂がびっしり。)

海水で優しく流しながら、目や鼻が使えるようにしてあげました。一体何日このままの姿勢でいたんでしょうか。苦しかっただろうなあ。ごめんねごめんね、、と言いながら流してあげると、助けてもらえてると理解しているのか、大人しくしてくれます。

(おとなしかった。)

なんとか目や鼻がきれいに。ヒレの付け根を怪我していましたが出血は止まっていたし、力強くバタバタもするので、海に放してみたのですが

(泳げるか?)

残念ながら潜れず真っ直ぐにも泳げず、岸に戻って来てしまいます。専門の方に電話で聞いてみると、ガスが溜まっていて潜れなくなることがあるとのこと。結局、かごしま水族館で保護してもらえることになりましたが、次の船まで数日。

それではということで、彼を亀岡さんと名づけ、僕の家で過ごしてもらうことにしました。

(僕たちは家では風呂に入れませんでした。笑)

硫黄島に引っ越してきて初めて使ったヒーターを出し、暖をとってもらいながら看病?です。風呂の水はどうしても冷えてしまうので(うちの風呂やたら保温性が悪いんです、、)外で。そして甲羅が乾くとよくないということで、2-3時間に一回ぬるま湯をかけてあげます。かけてあげると、気持ち良さそうに、ぶはーって息を吐きます。

そんなこんなで甲羅が乾燥しないように気をつけつつ 3 日ほど耐えてもらい、一緒に船に乗ってかごしま水族館へ行きました。着いたらすぐに注射、点滴です。僕たちにはわかりませんがすごく痩せてる状態だったようです。 

(亀にも点滴するんですね…)

病気があったりして他の生き物にうつるといけないので、展示用の水槽には入れられませんでしたが、亀岡さんは2ヶ月ほどの間手厚く看護していただき、ついに餌を食べられるまでに回復。3月に島に戻ってきてくれました!

(横断幕まで準備して応援しました!笑)

そしてやっと、海に放流!

(ついに放流!よかった!)

2ヶ月ぶりに海に浸してあげたら、驚くほど力強く泳ぎ始めました!僕も泳いでついていきましたが、しばらく泳いだ後にこちらを振り返って「ありがとう」と言うように、、、とかいうのを期待してたのですが、そういうの一切なし。

当然ながら竜宮城への誘いもなく、ものすごい早さで泳ぎ去って行こうとしたので慌てて追いかけました。亀岡さんは今も硫黄島の近海で元気に過ごしているのでしょうか。

(泳ぎ去ってゆく亀岡さん)

この一件以来、僕はときどき海岸に行って亀やほかの生き物が打ち上がっていないか確かめたり、漂着したゴミを拾ったりするようになりました。自分が拾える量に比べたら無限ともいえる量のゴミが硫黄島の短い海岸だけでもありますし、世界中の海に大量に浮いていることを知っています。ゴミ袋いっぱいに拾ったとしても、それは全体から見たら少なすぎて意味のないことにも思えます。

しかし前回紹介した海鳥ちゃんたちのように、ペットボトルのキャップ数個で致死的な障害になってしまう場合もあります。そう思うと、自分が片手で拾った数個のゴミが、いくつかの命を救ったかもしれないとも言えます。

なので、僕はその考えを選択しています。微力だが無力ではない。

(島に流れ着いているたくさんのプラゴミ。)

ゴミを拾う時間は、いろいろ考えさせられます。こんなに効率の悪いことをやるよりも、もっと全体を一網打尽にするような策を考えた方がいいんじゃないか。

海岸でプラごみを拾いながらもプラにバッチリ包装された食品を本土から買い続けている自分の暮らしとの矛盾。

自分が求めているこの島での暮らしは、本当に豊かな生活だと言えるのだろうか。こんな悶々とした時間が、何かに変わる時がくるのだろうか。とか、とか。

僕たちはいま、自然から原料を採取し、何かを作って、使って、使い終わったら捨てるという生活を、当たり前に続けています。

自然から採取された原料がさまざまに形を変えて行き着いた先がこの場合は海で、今回は亀岡さんがその犠牲になってしまいました。

しかしプラスチックの旅はそこでは終わらず、僕たちの食卓やあらゆる場所に戻ってきています。こんなことはもうこれ以上続けることはできません。地球は物理的な限界にきています。

作って使って捨てる、だけでないやり方で、僕たちの文明を再構築しなくてはいけない、というところに来ています。

サーキュラーエコノミー

「サーキュラーエコノミー」という言葉を聞いたことがある方も多くなってきていると思います。

作って使って捨てる、という線形ではなく、再利用などによってモノを循環させてゆく経済のあり方のことです。

サーキュラーエコノミー(循環型経済)とは、従来の「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」というリニア(直線)型経済システムのなかで活用されることなく「廃棄」されていた製品や原材料などを新たな「資源」と捉え、廃棄物を出すことなく資源を循環させる経済の仕組みのことを指しますサーキュラーエコノミーハブより)。

Ideas for good のページから転載。もともとの図はエレンマッカーサー財団のもの)

「シェアリング」「維持・長寿命化」「再利用・再配分」「回収・再製造」「リサイクル」などの文字が右側に見えると思いますが、キーワードを見るだけでも「いかに大事に使うか」「いかに無駄にしないか」を考えてゆく方向性がつかめると思います。

「自分が買おうとしているモノがどこから来ているのか?そしてどこへ行くのか?本当に必要なのか?」そんな問いを持つだけでも、流通の半径を小さくでき、不要な資材を使わなくて済むようになるかもしれません。

自分の消費のあり方を見直す

僕は普段は硫黄島に住んでいながら、本土での仕事もいただくので月のうち1週間-10日ほどは本土でも暮らします。県庁所在地の60万都市と人口100人ちょっとの離島という二重生活で気づいたのが、自分の消費のあり方の違いです。

島にいる時は、週一回の生協がほぼ唯一の補給ポイント。島にも小さな商店はありますが、子供が好きな納豆やバナナは売り切れていて買い足せないことも多々あります。自然と、残り日数を考えて節約しながら大切に食べます。

一方で本土にいる時は「また買いに行けばいい」という意識が働き、納豆を一度に2パック使うというささやかなプチ贅沢ができます(本当にささやか…笑)。

物質的に豊かなのはもちろん本土での暮らしです。しかし、例えば「いつでもスーパーに魚が並んでいる」という状態を実現するための副作用として、ゴーストネットが亀岡さんを捕まえたということでもあるわけです。

また、最後の1パックの納豆をいつ食べるか考え、ありがたがって大切にいただくということも、精神的に豊かなことでもあるし、メリハリがあって幸福度は高い気がしています。どちらがより幸せ(持続可能)なのか、というのも考えつつですが、両者の間をもっと追求できる気がしています。

例えば、なるべく近くのモノを買う。季節のものを買う。なるべく知り合いから買う。自分で作ったり採ったりする。自分で畑をやり始めて気づいたのは、野菜って、畑で生きているうちは真夏の炎天下でも腐らないんですよね、冷蔵庫に入ってるわけでもないのに。食品の容器包装のプラは、鮮度を保ったり輸送で傷つかないようにしたりという意味が大きいので、自分で作ったり採ったりすることで、その分が削減できます。

僕もやっと、年子で生まれた下の子供が2歳を過ぎ、ほんの少しだけ落ち着いてきたので、畑や釣りにもっと時間をとりたいと思っています。そして、荷物が増えてきたので、友人から木材を買って小屋も自分で建ててみようと!

世界を変える、自分を変える

気候危機とまで言われ、環境問題、社会問題の山積するいま、自然環境を回復させ、この世界を持続可能な文明に変えるために何が必要でしょうか。

SDGsやサーキュラーエコノミーといった国際的な枠組みや仕組みが集団として守られてゆくことが必要です。そしてそれがいいという文化や社会の集団的な雰囲気も必要です。そういう商品を選択する私たち個人の購買行動の変化も必要です。そして、それを選択しようという個人の心の変化も必要です。

個人/集団、内面/外面、全ての変化が必要です。しかしいきなり全てを変えることはできません。海のプラを一掃することも、世界のプラを激減させることも、サーキュラーエコノミーを今すぐ完全に導入することも、社会の雰囲気を一変させることもできません。

でも、海ゴミや温暖化の現状は、私たち一人一人の利用の集合体でしかありません。だからそれを減らすための変化も、私たち一人一人の力がなくては不可能です。全体をすぐには変えられませんが、自分の心を少し変えることなら今すぐにできます。

「環境活動家」と名乗って活動している自分としては、自分が心を変え、生活を変え、行動を変え続けることでしか、誰かに届くメッセージにはならないと思います。そう自分に言い聞かせ、上に書いたいろいろなことに改めて取り組んで行こうと思っています。

この連載を読んで少しでも何かしたいと思ってくださった方。ぜひ、自分を少し変えてアクションを始めてみてくださいね。

【これまでのコラム】
第一回はこちら
第二回はこちら
第三回はこちら
第四回はこちら
第五回はこちら
第六回はこちら
第七回はこちら

この記事を書いた人

大岩根 尚(おおいわね・ひさし)

1982年宮崎市生まれ、環境活動家。株式会社 musuhi 取締役。 2010年に東京大学で環境学の博士号を取得。卒業後は国立極地研究所に就職し、53次南極観測隊として南極内陸の調査隊に参加。帰国後は研究者を辞め、鹿児島県三島村役場のジオパーク専門職員として働く。2015年に認定獲得した後、役場職員を辞めて同村の硫黄島に移住、起業。硫黄島での自然体験、研究、SDGs 関連のサポートなど幅広く活動中。特に、気候変動対策としては書籍 Drawdown や Regeneration の翻訳協力、鹿児島県大崎町のサーキュラーヴィレッジラボ所長、個人レベルのアクションを創出する講座の開催など、さまざまなレベルでの活動を展開している。

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