100円で始めるサステナブル(1) モノを買うあなたの「つかう責任」
みなさん、こんにちは。ファイナンシャルプランナーのみずきです。
今回から5回にわたって、「お金」とサステナブルについて連載します。
買い物・投資・働き方などの“お金の話”から、心地よく豊かな暮らしを一緒に考えましょう。
買い手の責任=想像力
スーパーの売り場で、目の前に同じような2つの商品が並んでいます。あなたは、どんなことを考えて商品を選びますか?
私たちがモノを買うときには「どんなモノを買うか」という責任があります。
「責任」と聞くと、重苦しく窮屈に感じるかもしれませんが、そう気負いする必要はありません。
買い手の責任とは「想像力」だと私は思います。
愛媛県の小学生20人を前に、こんな質問をしたことがあります。
「ここに、スーパーで100円で買ったペットボトルのお茶があります。レジで払った100円には、“お茶の値段”と一緒に、なにが含まれていると思いますか?」
小学生たちの答えは次のようなものでした。
- ラベルをデザインする人に払うお金
- 商品を棚に並べる人に払うお金
- お茶の葉を育てる人に払うお金
私が想定もしなかった答えも多く、子どもたちの想像力に驚かされました。
関わってくれた人にお金は届く
そうです、“たった100円”の商品であっても、私たちの手元に届くまでには、数えきれないぐらい多くの人の手を経ています。
生産する農家さん、流通に携わるドライバーさん、企画する人、広告する人、販売する人など…。
100円で物を買うことは、もちろん「モノ」の対価として100円を支払うことです。
同時に、私たちの手元に届くまでに関わった、たくさんの「ヒト」に対価を支払う行動でもあります。
モノを買う私たちは「消費者」と呼ばれます。
消費という言葉に、ネガティブなイメージを抱く人も多いかもしれませんね。
払ったお金の行く先には、必ず、商品に関わった人たちが居ます。
お金を払うことは「関わってくれた人にお金を渡す」「世の中にお金を回す」ポジティブな行動でもあるのです。
どんな商品を選ぶかの責任は、誰に、どんな企業に、お金を渡すかの責任とも言えます。
「安い服」が1000人の死者を出した
誰でもいいから、安いモノを届けてくれればいい…と、消費者と作り手が「安さ」ばかり追い求めるとどうなるでしょう。
私たちが「責任」を軽く見たために起こった、悲惨な事故の話をします。
2013年4月、バングラデシュで、8階建ての商業ビル「ラナプラザ」が崩落し、1000人超が死亡する事故がありました。
負傷者も合わせると、約4000人が巻き込まれました。
ビル内には大規模な縫製工場が入っており、工場の従業員も崩落に巻き込まれて命を落としました。
崩落の前日、建物の壁や柱にはヒビが発見されていたそうです。
建物は違法に増築されたもので、耐久性にも問題がありました。
警察からの退去命令を無視して、工場のマネージャーは作業を進めました。
従業員たちは、仕事に戻らなければ解雇するとちらつかされ、出勤せざるを得ませんでした。
朝7時ごろ、停電をきっかけに作動した発電機、そして数千台のミシンの振動に建物は耐えられず、崩落は起きました。
#Who made my clothes? (わたしの服を作ったのは誰?)
1000人を超える犠牲者を出したことから、日本のメディアでも大きく取り上げられましたが、同じように危険な工場での事故は以前から起こっていました。
バングラデシュでは海外の需要に応えての縫製産業が盛んです。
輸出品目の約85%を縫製品が占めており、日本も第7位の輸出相手国です(出所: 外務省「各国・地域情勢 バングラデシュ 基礎データ」(2021年6月3日))。
安くてオシャレなファストファッションは、こうした犠牲の上に作られていました。
日本から5万キロ先、異国の地で起きた日本人には縁遠い出来事…なのでしょうか。
私が、そしてみなさんが、今まさに身に着けているかもしれない服の話です。
事故を契機に、世界中のアパレル企業が、縫製工場の安全対策を見直しました。
事故の起こった4月24日には、『#Who made my clothes?』というハッシュタグをつけてファッションのあり方を問いかける「ファッションレボリューションデー」の動きも広がっています。
つくる責任、つかう責任
さて、この悲惨な事故の原因は、服を作る企業側にだけあると思いますか?
危険で過酷な環境で服が作られていた原因のひとつは、私たちが安い商品を追い求める姿勢にあります。
私たち消費者が「1円でも安ければそれでよい」と求めることは、安全を軽視してまでコストを抑えるものづくりに繋がりかねません。
企業には作り手としての責任がありますが、私たち使う側が「要らない」「欲しくない」「選ばない」製品は、企業は作りません。
逆に、私たちがそうした“善くない”製品を買い続けると、同じような事故はまた起こるでしょう。
買い手には、選ぶ権利とともに、選ぶ責任があります。
100円で何ができる?
私たちが「買い物」を通してできるアクションは様々です。
スーパーの野菜売り場には、「生産者の顔が見える商品」が並んでいます。
洋服にも同じように、地元で生産して販売する、生産者の顔が見える商品もあります。
「安全なものづくり」のほかに、「環境に配慮した製品」の視点もあります。
例えばペットボトルの水は、環境に配慮したラベルレスの商品が増えています。
飲食店では、いつもの値段に10円プラスして、病気治療の子供を支援する寄付金つきのメニューがあります。
100円あれば、気に入った企業に投資することもできます。
SDGs達成に関連した企業を集めた投資信託もあります。
「安い製品」から、「誰も取り残さない、犠牲にしない製品」に切り替える。
今と変わらない出費でできるものから、10円、100円とちょっとしたプラス出費で始められるものまで、「持続可能な」買い物のヒントは、身近に転がっています。
今日から行動する2つのポイント
今日から行動を変えてみたい!と思ったみなさんに、2つのポイントをお話します。
1つ目は、「想像力を働かせてみる」こと。
目の前に並んだ2つの商品。
ちょっとだけ手を止めて想像してみます。
――その製品を作った人たちは、安全な環境にいるでしょうか?
環境や人を犠牲にして作られた商品ではありませんか?
手元のお金を、どんなヒト、どんな企業に届けたいでしょうか?――
2つ目は、行動を変えるのは「100回に1回でもいいと気楽に考える」こと。
私自身、自分の買い物すべてに「責任ある行動」ができているかと聞かれると、NOです。
完ぺきにやろう!と意気込むのではなく、たまにでいいから、先ずは1回でも行動を変えてみましょう。
買うものに対して考えるクセが付くと、自分に必要なモノに囲まれた暮らしに繋がります。
買い手も作り手も幸せになれる、そんな暮らしへの一歩に、買い物の仕方を考えてみませんか。