【レポート】地域の魅力とつながりが、地域の新しい価値を生む。R317まるごとリトリートツアー
2022年10月、環境省より「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」が提言されました。この運動は「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしの実現に向けた国民の行動変容、ライフスタイル転換のうねり・ムーブメントを起こすべく、新しい国民運動を開始し、世界に発信」することで、2030年までに家庭から排出されるCO2を66%削減することを目指しています。
※環境省「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」サイトはこちら
この運動では、4つの活動内容が示されています。
① テレワークなどの働き方、暮らし方での後押し
② 豊かな暮らしを支える製品・サービス
③ インセンティブや情報発信を通じた行動変容の後押し
④ 地域独自の暮らし方での後押し
上記4つの活動を地域で進めるためには、地域のつながりや地域資源の活用が不可欠です。地域にはどのようなつながりや資源があるのか知るために、2023年2月1日~2日に愛媛県今治市と松山市周辺地域で開催された「R317まるごとリトリートツアー」に参加してきました。
R317まるごとリトリートツアーとは
R317とは国道317号線のことです。国道317号線は、広島県尾道市からしまなみ海道を通り、愛媛県今治市から山間部を通って松山市に抜ける道で、その沿線には奥道後温泉をはじめとする温泉や、造船や食品などの工場、山や海の豊かな自然があります。
「R317まるごとリトリートツアー」は2021年実施の「ROUTE317プロジェクト」(活動団体:一般社団法人をかしや)がきっかけとなっています。「ROUTE317プロジェクト」は、地域資源を掘り起こし、様々なステークホルダーをつなぎ、ワーケーションやマイクロツーリズムなどの手法を用いて地域の経済循環を生み出すことを目的としたプロジェクトです。
本ツアーは、職業や住んでいる場所が異なる人たち(東京や山形からも!)が参加しました。様々なバックグラウンドを持つ参加者たちと地域資源を巡りながら、地域と自分を見つめ直し(リトリート)、地域や人とつながることで新しい地域の価値に気付くことを目的としています。
本記事では地域資源を【人】【場所】【歴史】の3つに分け、活動につながる気づきを山形から参加した筆者の視点も交え、ツアーレポートと共にお伝えします。
※以下「国道317号線」を「R317」と表記します
ツアーの内容
ツアーで巡った場所
(1日目)
① 奥道後壱湯の守
② R317からしまなみ海道へ
③ 亀老山展望台
④ 夕日を見ながらテントサウナ
⑤ コリビング施設「Co-Living & Cafe SANDO」
(2日目)
⑥ 大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)
⑦ ~⑨しまなみ海道サイクリング
⑩ 愛媛県地球温暖化防止活動推進センター
【歴史の資源】奥道後に花と温泉の桃源郷を「奥道後壱湯の守」
東京赤坂の料亭「中川」を移築した「坪中川」の外観
松山空港をスタートし最初に向かったのは、R317の入り口奥道後にある温泉旅館「奥道後壱湯の守」。昭和38年に開業し、西日本最大級の温泉がある老舗のホテルです。
まず驚いたのは、建築家・根津耕一郎氏が設計し、豪華客船をイメージしたといわれている4階の約350mもの長いロビーです。山面を一望する大きな窓があり、桜や紅葉などの自然の風景が満喫できます。テーブルや備品も開業当初のものを大切に使っていました。昭和の名建築は今では数が少なくなり、残そうと意思を持ってつないでいかないと残らないそうです。
そして7階の連絡通路を抜け、現れたのは日本庭園に佇む立派な料亭!東京赤坂の料亭「中川」を昭和58年に移築したものです。移築前まで政財界の要人たちが利用し、吉田茂も足しげく通ったとされています。目の前には足立美術館の足立全康氏による枯山水の庭が広がり、別世界に来たようです。ここで瀬戸内の海の幸をつかった懐石料理をいただきながら、総支配人河上克之さんからホテルの歴史や想いをお聞きしました。
「このホテルにはもともと何もなかった奥道後に『花と温泉の桃源郷をつくろう』という創業者の想いが残っています。旅行業は地域の魅力を発信するのが役目。私は20年以上このホテルに勤務していますが、この地域の魅力の一つであるこの場所を残したいと思い、日々働いています。」なくなったらもう戻らないものを、大切に守り残そうとしている人たちに奥道後で出会うことができました。
総支配人の河上克之さん
【場所の資源】R317からしまなみ海道へ
R317沿いの造船工場の風景
いよいよR317を通って今治市を目指します。山沿いの自然豊かな道を抜け、集落を通り海が見えてくると、突然巨大な船が!今治の港は古くから日本有数の造船の町で、今でも多くの造船関連会社があります。建物のような船をつくる様子は圧巻で、今治ならではの風景だと感じました。
【場所の資源】しまなみ海道随一の眺望「亀老山展望公園」
亀老山展望公園からの風景
2番目の目的地である「亀老山展望公園」は大島の南端に位置する亀老山の頂上にある展望公園です。ここには建築家・隈研吾氏が設計した展望台があります。この展望台は自然の景観を守るために外から見えない設計になっており、階段が複雑に入り組んだ不思議なデザインです。ここからは瀬戸内の海と空、松山の町と山を一望することができます。山形から参加した私にとって、穏やかな海と広い空の雄大な景色は見たことがなく感動しました。地域の人にとっては当たり前の風景かもしれませんが、世界中でここでしか見ることができないまさに地域資源。晴れた日には西日本最高峰の石鎚山まで見渡すことができるとのことで、何度も足を運んでみたいと思う景色でした。
【場所の資源】夕日を眺めながら最高の”ととのう”を体験できるテントサウナ
目の前の海に沈む夕日を眺めながらのテントサウナ
続いては海に沈む夕日を見ながらのテントサウナ。テントサウナでは、サウナ内に入れた薪ストーブで熱したサウナストーンに水をかけ、その熱い蒸気でテント内を蒸らす「ロウリュ」でサウナを楽しみます。水着に着替えてテントの中に入ると、入っただけで熱と蒸気で汗がじわり。ぎりぎりまで耐えたらそのまま海に飛び込み体を冷やし、リクライニングチェアで休憩します。
目の前の海に沈む夕日を眺めながら、心地いい倦怠感が体を包みます。考えごとで一杯だった頭がリセットされるような不思議な感覚です。最近はサウナブームの影響でテントサウナを体験できるイベントも増えましたが、自然の中で気軽にテントサウナができるのは珍しいです。仕事帰りやワーケーションで訪れた時など、気軽にサウナを楽しみ、自分と向き合う時間をつくることができそうだと思いました。
テントサウナの様子
【人の資源】“コリビング”という新しいスタイルの宿泊施設「Co-Living & Cafe SANDO」
「Co-Living & Cafe SANDO」の外観
夕日が沈み、1日目最後の目的地は宿泊場所でもある大三島の「Co-Living & Cafe SANDO(コリビングアンドカフェサンド)」へ。「コリビング」とは職住一体型の施設のことで、遊び・働き・つながる宿として、コワーキングスペースやカフェ&バーを備えています。
大三島に惹かれて移住した合同会社さんど代表大橋健太郎さんと奥様が、クラウドファンディングで資金を集め2022年にオープンしました。大三島はコロナ以降、移住希望者が増えてきていますが、気軽に大三島に滞在しリアルな生活を体感できる場が少なく、地域の事業者や住民の方々と気兼ねなくお互い交流し触れあえるようなコミュニティもありません。「ないなら自分たちでつくろう!」と思ったのがこの施設立上げのきっかけでした。
「地域住民や地元事業者の方々とのつながりを生み出して、新たな仕事や連携が自然と生まれるオモシロい場所になってほしい」と大橋さん。ツアー参加者の中にはクラウドファンディングに協力した方もいて、大橋さんの想いに賛同する人がたくさんいることがわかります。
また懇親会では大三島の地域おこし協力隊の兵頭未来洋さんも参加。兵頭さんにとって大三島は「お父さんの田舎で、自分にとってほっとできる場所」であり、協力隊の任期が終わったら現在運営中のキックボクシングジムの他に介護タクシーの事業も始める予定です。「地域の人に本当によくしてもらって感謝しかない。介護タクシー事業で今度は自分が地域に恩返しをしたい。」と語っていました。
大三島の地域の魅力に惹かれて集まった人が地域とつながり、新しいコトを生み出す好循環が生まれていることを感じました。
店内の様子
【歴史の資源】 日本の起源にまつわる神話とつながる「大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)」
2日目の朝に向かったのは「大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)」。ここは戦いの神「大山積神(おおやまづみのかみ)」を祭った神社で、昔から武将や軍人などたくさんの人が参拝に訪れています。この神社にまつわる神話を、当ツアーのガイド役でもあるインタープリターの菊間彰さんが、イラストを使って解説してくれました。
国生みの神イザナギとイザナミから生まれた大山積神には、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)と石長比売(イワナガヒメ)という2人の娘がいました。木花咲耶姫は富士山本宮浅間大社に祀られていることが有名ですが、石長比売は大山祇神社の近く、小さな港を通った寂しい神社に祀られています。神話の解説を聞きながら大山祇神社や石長比売を祭った神社を参拝すると、神話の世界をより理解することができました。
神話は日本のルーツ。過去を知ることでより自分のことを考えるきっかけになりました。
インタープリターの菊間彰さん
【場所の資源】 海を眺めながらしまなみ海道をサイクリング!
サイクリングロードから見える景色
本ツアーのメインイベント!しまなみ海道サイクリングロードを自転車で通ります。
しまなみ海道は広島県尾道市から愛媛県今治まで、瀬戸内海に浮かぶ島々を7 つの橋で結んだ道路です。青い海と緑豊かな島と橋、自然と人工物の調和した風景がとても美しいです。
今回は来島海峡大橋前にある「道の駅 よしうみいきいき館」からスタートし、馬島を通って、今治市にある今治市サイクリングターミナル「サンライズ糸山」を目指す約4kmのコースを進みます。
海と空の絶景を見ながらのサイクリングはとにかく感動!少し肌寒い風も、自転車をこげば気持ちの良い風にかわります。途中何度か自転車を止めて、島の説明や歴史を菊間さんが解説してくれます。
しまなみ海道の島々は、中世の瀬戸内海で活動した村上水軍の一つ「来島村上水軍」が拠点を構えたエリアです。海流の激しい瀬戸内海で行きかう船の水先案内人や、海の治安を守る役目を担っていたといわれています。橋の下の海を覗くと、複雑な海流が渦を巻き、昔の人がこのエリアを船で通る大変さを感じました。
途中馬島に立ち寄り、静かな浜辺でお弁当。食事後、ガイド菊間さんの提案で浜辺に寝そべりました。波の音を聞きながら目を閉じるととてもリラックスした気持ちに。自然に囲まれ満たされる、そんな豊かな時間を過ごすことができました。
約2時間のサイクリングでしたが、瀬戸内海の自然を楽しみ、歴史を知り、自然の中で心をととのえる、と様々な密度濃い体験をすることができました。1つの場所でこれだけの体験ができることが、この地域ならではの素晴らしい地域資源だと思いました。
サイクリングに参加したメンバーとの1枚
「愛媛県地球温暖化防止活動推進センター」でツアーを振り返る
ツアーの終着点は「愛媛県地球温暖化防止活動推進センター」。ここでは参加者全員でツアーの振り返りを行いました。鹿児島から愛媛に移住した岩下紗矢香さんがファシリテーションを務め、参加者の意見をファシリテーショングラフィックでまとめていきます。
ファシリテーションを務めた岩下紗矢香さん
参加者からは「R317のなかに濃い体験と異世界が凝縮されてる」「テントサウナや浜辺で、自分と向き合うことができた」と、R317が持つ地域資源や体験の多様さが上げられました。
また、県外からの参加者からは「この地域資源を生かしたら、リモートワークなどの候補先としてリモートワーカや企業呼ぶことができそう」「自然や食の魅力以外に、このR317に関わっているメンバーのようなコミュニティがあったら、移住をしたいと思っている人も来やすくなるのでは」という地域資源を生かした企業誘致や移住のアイデアもでました。
ツアーのきっかけとなったR317プロジェクトの発起人でもあり、本ツアーの内容を企画した菊間さんからは「地域を良く知っている自分にとっても、県内外からの参加者からの声を聞いて、そういう見方もあるんだと新しい価値に気づくことができた。R317プロジェクトは、地域のことを知り、地域に関わる人たちがつながり、そのつながりから何かが生まれたらという想いから始まった。R317の地域資源を生かして何かやりたいと思う人や、それを応援する人がつながって新しいことが生まれるきっかけになってほしい。今回はその可能性を感じることができたツアーになったと思う。」とR317の持つ可能性について話していただきました。
「Co-Living & Cafe SANDO」の大橋さんや、地域おこし協力隊で今後は介護タクシーを始める兵頭さんのように、地域の魅力に惹かれ移住してきた人たちが新しいことをはじめ、この地域の魅力が新しいうねりを生み出しつつあると感じています。私も今回山形から参加しましたが、このツアーに参加することでR317の地域資源をよく知れただけではなく、自分が住む地域の価値に気付き、考えるきっかけになりました。
ファシリテーショングラフィックでまとめられた今回のツアーの振り返り
まとめ
「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」に示されている④地域独自の暮らし方とは、今回のようなツアーがきっかけとなって地域の魅力や資源を再発見したり、心から本音でつながれるコミュニティから生まれる新しい暮らし方なのかもしれません。
そこには、①テレワークなどの働き方、移住といった暮らし方をする人もいるでしょう。その人たちがまた人をつなぐことで、環境面を含めた③インセンティブや情報発信を通じた行動変容につながったり、②豊かな暮らしを支える製品・サービスが生まれたりすることで、経済と環境の好循環が生まれる。
R317で見つけた【人】【場所】【歴史】の地域資源やつながりに関わることで、そこから生まれる新しい暮らし方を創れる可能性を感じることができたツアーでした。