すべての存在が輝く共生社会を目指して
気候変動による様々な影響が、今、世界各地で起きています。猛烈な台風や豪雨による災害が起こると家を失い、干ばつが起こると農作物が育たなくなって農業ができなくなったり、食料の価格が高騰したりします。
こういった気候変動の影響を受けやすいのは、手助けが必要な障がい者や高齢者、その土地にルーツを持たない海外の労働者といった社会の中で少数派の人達です。
誰一人取り残さないために、全ての人が学習に参加し共に学ぶ機会を持つことで、お互いに知り合い、助け合い、社会や環境問題に共に取り組むことができる仕組み作りが必要です。
ご縁があり、現在カナダインクルーシブ教育研修ツアー(注釈1)のお手伝いをさせていただいております。今回はそのツアー内容をもとに教育についてのお話をさせていただきます。
*注釈1:カナダインクルーシブ研修(通称PRO-Dツアー)ホームページ
カナダは移民の国で、公用語の英語がしゃべれない人や文化的に少数派の人(マイノリティ)がいるため、40年ほど前からインクルーシブ教育の考えがありました。
インクルーシブ教育(注釈2)とは、2006年に国連が採択した『障害者権利条約』の中で示された内容の一つです。日本もこの条約に批准しています。
*注釈2:ユネスコの「インクルージョンへのガイドライン(2005)」において「インクルーシブ教育は、多様な子ども達がいることを前提とし、その多様な子ども達(排除されやすい子ども達を含む)の教育を受ける権利を地域の学校で保障するために、教育システムそのものを改革していくプロセス」と定義されています。
2022年8月スイス・ジュネーブの国連欧州本部で、日本政府はこの「障害者の権利に関する条約」に関しはじめて審査を受けました。9月には国連障害者権利委員会より「インクルーシブ教育の権利を保障すべき」と勧告を受けています。
それを聞き「なぜ、そこまで?」と思った方も多いのではないでしょうか。私もそう思った一人です。
現在日本では全ての子ども達が同じ環境下で学ぶのではなく、特別支援学校のシステムがあり、通常、障がいのある子ども達は障がいに応じて障がいのない子ども達が通う学校とは違う学校で学んでいます。これを分離教育と言います。
「子ども達一人ひとりに合った教育」をすることで個々がよりその能力や学力を伸ばすことができると私は思います。それを考えると特別支援学校は理に適っているように思います。
ツアーの代表者や座談会で障がいの子を持つお母さんからお話を聞くと、この制度のために通常の学校に通いたい子も通えない現状、そして軽度の発達障がいの子を持つ親御さんは特別支援学校へ行かせるか、通常学校へ行かせるか迷ってしまうという現状があるそうです。障がいを持つ親御さんや当時者である子どもたちからすると、他の子ども達と一緒に過ごす権利を奪っていることになるのです。
しかし、実際どうしたら障がいのある子達とそうではない子達が同じ教室で、同じように学ぶことができるのでしょう。同じ学校に通うだけでは場が統合されただけで、同じ環境、同じカリキュラムで共に学ぶインクルーシブ教育ではありません。「平等」ではなく「公正」である必要があります。(注釈3)つまり、障がいのある子もない子も同じ立場で同じ学びを受けることができる環境が必要です。ではその「公正」な教育を実現させるためのカナダでの具体的な取組みとはなんでしょうか。
*注釈3:「平等」と「公正」の違い:「平等」が大勢の中である特定のものに偏ったりすることなく誰もが同じサポートを受けることであり、個々の状況の差などを考えないのに対し、「公正」はそうしたものを踏まえた上で、不公平さの原因が是正され、特定のサービスを受けなくても全員が同じような結果を得られるようにすることを指します。
決まった答えのない教室
カナダでは、教科書のない探究型の授業が行われています。課題が与えられ、個々の興味があることを自分の能力やペースによって学んでいきます。全員が一人の先生から一斉に学ぶ授業ではなく、学年をとっぱらった縦割りの授業も行われています。
マイノリティの子ども達は、個々に合った指導計画のもと他の子ども達と同じ教室で学びます。様々な意見が交わされ、にぎやかな授業が行われます。テストはありますが日本のように点数がはっきりと出るテストではありません。
単元型の受け身の授業ではなく、自ら自分の興味のあることを自分のペースで学んでいく探究学習は、自分の興味に合わせて深く学びを追及でき、また物事のつながりを広げていくことも可能です。
環境問題や社会問題の原因は多岐にわたります。問題に対する対処的な考察ではなく、広い視野を持って物事を関連付けて考えることが大切です。また、違った視点での個々の学びは、シェアをすることで他の子の新たな気づきになりお互いの学びを高め合うことができます。とにかくユニークでオリジナルな考えや解決策を持つようにするというのがカナダの教育の在り方です。
自己成長(Self Competency)を促す
自分で自分を評価する、自己評価性が取り入れられています。
個々の苦手なことに対し指導やプログラムが指導教官より提供されます。しかし、先生が押し付けることはなく「どうかな?」と子どもに相談する指導の在り方を取っています。
教室では動き回れるように個々の机はありません。また、子どもたちが廊下に出ていったり、用意されているソファーで寝転がったりすることがあります。これは発達障がいの子に限らず、子ども達が自分の気分を落ち着かせる行為であり自分の気分を調整するためでもあります。自分で自身を自己管理できる環境が作られています。
自己評価性により子ども達は自分で自分の行動に責任を持ちます。他人との比較ではなく自分で成長を実感でき、自分への自信と信頼が身に付きます。こうした自分で考え学んでいく力は社会での行動責任、問題解決力や環境変化への対応能力(生き抜く力)につながります。
このようにあえて子どもたちの行動を自由にさせることで、分析力、コミュニケーション力、発信力(プレゼンテーション能力)、人との交渉力、分析力などといった自己成長の助長を促しているのです。この自己成長に基づく教育は人間力を高めることにつながっています。
一生涯をかけた教育
先に述べたように、カナダの教育は探究型で限られた時間内で「ここまでわかっていないといけない」「ここまでしないといけない」はありません。また、自己成長の考え方から、他者と比較することなく、誰もが同じ立場で自己と向き合い成長していくことができます。教育システムの制限によって個人の成長が阻害されない、個々の幸せの探究と教育力を尊重した、生涯を見据えた教育と言えます。
多文化共生のまちぐるみ支援システム
カナダでは学校だけでなく、図書館でのマイノリティへの学習支援も充実しています。移民の人達や子ども達に合わせ、学びのバックアップをする体制が整っています。
例えば、学びたいトピックに対して学び方もわかる学習セットが一式なったバックが用意されています。無料の英語学習の機会も設けられています。
黒人差別問題が起こると、それについての関連本やニュースなどの情報媒体が用意されるなど、社会の問題をタイムリーに学習できる仕組みがあります。
日本でも公民館や図書館、博物館等、社会教育設備が充実しています。日本も外国にルーツを持つ就労者や子ども達が増える中、カナダのこうした図書館の取組は地域の問題解決やSDGsへの取組のヒントになるかもしれません。
私の経験から
( BC州の大学の学内で。ロシア、中国、韓国の友達と )
私は、障がい者の子がいない教室、日本人しかいない教室で学びました。
社会に出て障がいの方を前にしてどう接したらいいか、とまどったことがあります。また、ばーりースクールの活動でADHDの子が参加したことがあり、自分の経験の未熟さと、発達障がいの子に関する知識のなさを痛感しました。
学校は様々な環境で育った子が集まる社会の縮図であり、社会に出る前に学ぶ場所。インクルーシブ教育は全ての人達が社会に受け入れられ、共生していくきっかけになります。障がいの有無や文化の違いに関わらず、多様性を理解し違いを受け入れることができるようになります。社会から排除されない環境の中で社会に遠慮することなく過ごすことができます。理解してくれる人が増え、偏見がなくなり受け入れてもらえるからです。
カナダの教育のやり方をそのまま日本に持ってくるのは、今の学校の仕組みでは難しいと思います。カナダでは担任の先生の他に指導員、カウンセラー、養護教員が常駐しています。予算や人の確保などいろいろ解決しないといけないことがあります。先生も大変忙しくされています。施設の改造も必要かもしれません。
カナダの教育の在り方には、日本では担任の先生が担っている業務を各専門職が行いチームを組んで子ども達を支えるため、担任の先生の負担軽減のメリットもあります。今回の執筆がこんな教育もあるのだと知っていただく機会になれば幸いです。
気候変動の要因に関わっていない人はいません。また誰もが影響を受ける問題です。問題に対しての個々の当事者意識と行動のシフト、多様性を認め排除をせず、理解し合い、協力して問題解決に取組むことが大切です。様々な価値観やアイデアを持った人がいるからこそ、より多くのイノベーションが期待できるのです。
そして人間同士の共生だけでなく、地球上のすべての生き物の共生・共存に向けて、地球のすべての存在に対してやさしい社会に。