サステナブルな想いと情報を未来へ~ECCCAの環境ウェブマガジン~

COLUMN&INTERVIEW

愛媛県初の環境対応型ホテル 古湧園 遥 ZEB Readyで省エネ・創エネを推進

道後温泉本館を回り込むように通り過ぎて小高い坂をのぼりきったところに、道後温泉 ホテル古湧園 遥(こわくえん はるか)は建つ。エントランスから入ると明るく視界が開け、一面のガラス張りになったロビーからは松山市内を一望できる。道後オンセナート2022 の作品、大竹伸朗氏の巨大パブリックアートに覆われた道後温泉本館は、ロビーからだけではなく、大浴場からも眺められる。

そうした立地の魅力を活かし、戦後間もない頃から続いてきた老舗ホテルであるだけでなく、古湧園 遥は世界基準の環境対応型ホテルとしても注目を集める。環境やSDGsに貢献するホテルへの大規模なリニューアルについて、古湧園 遥の総支配人であり専務取締役を兼務する新山輝洋氏と、営業部 企画広報課 課長 真鍋こずえ氏に話を聞いた。

(古湧園 遥から望む、オンセナート2022大竹伸朗氏によるパブリックアートに包まれた道後温泉本館)

環境やSDGsに配慮した世界基準のホテルへと刷新

愛媛県松山市の道後温泉は『日本書紀』や『万葉集』にも記載されており、聖徳太子も立ち寄ったとも言い伝えられている。夏目漱石が頻繁に通ったことでもよく知られ、長き年月にわたり多くの人の心身を癒してきた古湯だ。

その地に戦後間もない1946年に「レストラン甘美堂」を開店し、その後、1962年(昭和37年)に「ホテル古湧園」を建てたのが、この老舗ホテルの起源である。そして時が昭和から平成、令和へと移り変わった2019年10月に、「道後温泉 ホテル古湧園 遥(こわくえんはるか)」としてリニューアルオープンを果たした。

(ロビーでは大きな窓から道後の街を眺めながらくつろぐことができる)

このリニューアルの目的は耐震への備えを含めた建替えだけではなく、温室効果ガス排出量の大幅な削減を目指した世界基準の環境対応型ホテルへの刷新だ。サステナビリティやSDGsに対する社会的要請の高まりや、環境問題への関心が高いインバウンドへのアピールを見据えて環境に配慮したホテルをコンセプトにしたことは、時流に即したリブランディング事例だとも言えるだろう。

省エネ率50%以上「ZEB Ready」

古湧園 遥では、客室で使用される電気や給湯、大浴場に至るまで、太陽光発電や太陽熱とヒートポンプを組み合わせたハイブリッド型のクリーンエネルギーを主なエネルギー源としている。

もともと2011年から天然ガスを導入し、国内クレジットを取得する等、温室効果ガス排出削減のための取り組みを進めてきた。一方で、一次エネルギー消費量を限りなくゼロに近づける「ZEB(ゼブ)」の普及にむけて官民連携の動きが推進されるようになったことも追い風となった。

「ZEB」とは、Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略語だ。快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物を指す。建物の中では人が活動しているためエネルギー消費量を完全にゼロにすることはできないものの、使用するエネルギーを減らす一方で、使用する分のエネルギーを創り、エネルギー消費量を正味(ネット)ゼロにする。

(出典:環境省ホームページ ZEB PORTAL

ZEBには、省エネ基準達成率によってランクが定義されており、古湧園 遥は省エネ率50%以上と定義される「ZEB Ready」の認証を受けている。

正味100%以上の省エネルギーを達成した建物を「ZEB」として、そこから達成率順に、正味75%以上の省エネルギーは「Nearly ZEB」、正味50%以上の省エネルギーが「ZEB Ready」と続く。さらにその下には「「ZEB Oriented」があり、これは正味40%または30%の省エネルギーと未評価技術を導入しており、「ZEB Ready」を見据えた建物が該当する。

(出典:環境省ホームページ ZEB PORTAL

一次エネルギー消費量には、空調、換気、照明、給湯、エレベーター等に加え、PC、OA 機器、電化製品等のエネルギー消費を含む。規模感や来客数の多い商業施設に次いで、一次エネルギー消費量平均では2位となるホテル業において、「ZEB Ready」化は容易ではない。実際に2022年時点で「ZEB Ready」認証を受けるホテルは、古湧園 遥が愛媛県内では唯一、四国のなかでも2軒だけだ。

省エネのみならず、再生エネや環境対策にもひろく取り組む

ZEB設計では主に、外壁・窓・天井・床から熱を逃がさないよう省エネ建材を取り入れる方法と、空調・換気・照明・給湯・その他動力による設備のエネルギーを効率的に使う方法がある。古湧園 遥では、屋根や外壁には断熱性と防音性の高い建材を使用し、「Low-E複層ガラス」という高性能窓を採用。客室には、ゆるやかな室温調節により負荷を軽減するインバーターエアコンを導入した。照明には全館LEDを使用、人感センサーによる自動点灯、共用部の照明は自動タイムスケジュール管理で点灯時間を管理している。空調については事務所内で客室・共用部とも温度のコントロールが可能だ。

(快適に過ごすための配慮と、省エネルギーへの工夫が随所に凝らされた客室)

高効率の省エネ設備を随所に取り入れることで、顧客の心地よさや満足感を損なうことなく、環境への配慮も両立させているのだ。

とりわけ古湧園 遥にとっては、温泉の管理は重要な要素だ。かつて重油ボイラーを用いていた頃は、湯温や湯量の管理が大変で、湯温を調節するために夜間に緊急呼び出しを受けることもあったという。ZEB設計により、光熱費の大幅な削減になるだけでなく、設備管理やメンテナンスが容易になる点も導入の大きなメリットと言える。

源泉100%の大浴場では、温泉を41℃で保温し、循環・濾過してかけ流しにしている。太陽が出ている間は、屋上に設置した集熱パネルでお湯をつくる。夜間や曇りの日はエコキュートを活用し、化石燃料で沸かす設備は一切使用していない。火を使わないことによって二酸化炭素を大幅に削減するだけでなく、火災のリスクも回避できるのも安心感の面で利点が大きい。

(ホテルの屋上に設置されたハイブリッド型の給湯システムで温泉を保温し、循環させている)

太陽熱パネルを利用したハイブリッド給湯システムにおいては、太陽熱の恩恵が四季を通じて最大限活用できるよう、太陽光入射角度と集熱量を考慮し検討を重ねて、一番効率の良いパネルの角度と位置を選定したという。

(ホテルの屋上一面に設置された太陽光集熱パネル)


(太陽熱蓄熱槽とヒートポンプ用の貯湯槽、この槽の向こうには業務用エコキュートの設備がある)

これらの取り組みによって、省エネ効果についてはZEBの導入前後の一次エネルギー消費量を比較すると約62%以上の消費量削減を見込んでいる。

導入した高性能な設備をより効率的に運用管理することに加え、ゴミの分別、フードロスを減らす等ソフト面での環境対策も連動して充実させていく考えだ。

具体的には、環境モデル都市である松山市が推進する食べ残しを出さないための活動「3010(さんまるいちまる)運動」を連携して進める他、再エネ100宣言RE Action100(2050年迄に使用電力を100%再エネに転換する目標を設定し、対外的に公表することが)に参加する等、環境への配慮につながる活動に積極的に参加する。

再エネ100宣言RE Action100は、2050年迄に使用電力を100%再生エネルギーに転換する目標を設定し、対外的に公表することを参加要件にした活動で、古湧園 遥は中間目標として2030年迄に45%の達成を目指している。

サステナブルな地域社会の実現にむけて

古湧園 遥を運営する株式会社古湧園は、宿泊業の他に土産物産品小売業も運営しており、道後商店街をはじめ松山市内にて販売店を展開する。

観光業というと県外・国外からの顧客を対象にしたビジネスのイメージが強いが、実際には地域との結びつきが高い。コロナ禍など世界の動きに合わせて地域が変化し、その変わりゆく地域を支え、地域を盛り上げていく役割の一翼を古湧園が担っているとも言えるだろう。

(ホテルの屋上からは道後市街を見渡せるだけでなく、松山市の中心に位置する城山の頂に立つ松山城をも望む)

産品の点では、レストランで提供する食材には、伊予牛、松山鶏、伊予美人、ひめくり茶、柑橘ジュース等、県産品をふんだんに活用した料理を提供している。地産地消によって、地域活性化や輸送エネルギー削減に寄与する。

客室で提供するアメニティ類も、マイクロプラスチックや海洋ゴミが深刻化するなか、容器や包装材で大量のプラスチックゴミが発生するホテル業の課題にも取り組む。

たとえば歯ブラシは、お米から作られた水溶性プラスチック素材を採用する。また、そもそもアメニティ類を宿泊客に持参するよう促す「エコ宿泊プラン」も展開中だ。

(ホテルのアメニティとして提供されている、お米から作られた水溶性プラスチック素材の歯ブラシ)

ホテル館内ではUNEP国連環境計画が所有する環境情報パネルを展示し、環境保全やサステナブルなまちづくりを宿泊客へ訴求している。

地域における環境活動にも幅広く取り組む。松山SDGs推進協議会に参加する他、2021年11月には、ZEBの見学会や経済産業省四国経済産業局が主催するカーボンニュートラルセミナーに講師として招請され事例紹介を行なった。

愛媛県では、サステナブルな社会の実現に向けて、そして消費・環境の面からSDGsの達成に寄与する目的で、『えひめ消費者志向おもいやり経営』を推進する。

環境・人・地域に配慮した消費行動である「おもいやり消費(=エシカル消費)」を支える事業活動を基盤にして、官民そして消費者(顧客)と共創、協働して社会価値を向上させていく。株式会社古湧園は、

えひめ消費者志向思いやり経営自主宣言事業者であることに加え、経済産業省の事業継続力強化計画の認定も受けており、感染症対策、防災・減災への取り組みを継続する。

新しい顧客層とのサステナビリティ・コミュニケーションを強化

道後温泉本館改築120周年を迎えた2014年にはじまったアートイベント「道後オンセナート」は回を重ねるごとに道後を訪れる客足が増え、若年層や女性客の来訪につながっている。コロナ禍で深刻なまでに落ち込んだ景気回復への契機として、2025年の大阪万博に寄せる期待も大きい。

これまでは団体客がメインだったが、これからは国内外の個人旅行者をターゲットに据える。同業者や取引先、地域に対してはZEBのPRを通じて環境保全の輪を広げる一方、環境に配慮したホテルに宿泊することで宿泊客が環境へ貢献できることもホームページや旅行会社を通じて発信していく。

と同時に、社内でもSDGsに関する社員教育を実施し、SDGsの必要性や具体的な取り組みについて認識を促しているという。そうした一歩ずつの歩みが、環境やサステナビリティの浸透を促進させるのみならず、コロナ禍からの復興を目指す道後温泉や古湧園 遥の発展を下支えする力にもなり得るだろう。

リニューアル時に、これまでのホテル名に新たに付け加えた「遥」の文字には、温泉街を「逍遥」してほしいという想いをこめた。「遥」には、「道が細く長く続いている」という意味もある。

(ホテルエントランスに飾られた「遥」の文字)

最古の温泉街において、最新の環境対応ホテルとして古湧園 遥は新たな歩みをはじめたばかりだ。脱炭素やクリーンエネルギー、気候変動への具体的対策で主体性を発揮し、ホテルや観光業が環境や地方創生に大いに貢献できることを示していくことがますます期待されるに違いない。

【参考サイト】
古湧園 遥
環境省 ZEB PORTAL(ゼブ・ポータル)
ZEB設計ガイドライン 一般社団法人環境共創イニシアチブ
再エネ100宣言 RE Action
えひめ消費者志向おもいやり自主宣言について

【企画紹介】

ECCCAは愛媛県の地球温暖化防止活動推進センターとして、地域環境を入口としたサステナブルな想いと情報を地域に届けるWEBサイトの運用を行っています。株式会社YUIDEAは企業や団体のマーケティングコミュニケーションやサステナブル・ブランディング支援を行う一方で、オウンドメディアを運用しています。

相互のゆかりの地から繋がる「人・場所・産品・取り組み」などを取材し、環境や気候変動、サステナブルな観点からコンテンツとして紹介し合うことで、新たなつながりを生み、ひろげていく共創プロジェクトです。

この記事を書いた人

内藤 真未(ないとう・まみ)

広告代理店クリエイティブで経験を積んだ後、事業会社のハイファッションEコマース事業部のディレクターと編集に長く携わる。並行して、コーポレートサイト・EC・オウンドメディア等あらゆるWEBサイトの運営や広報に従事。2018年からはBtoC新規事業開発マネジャーを務めた。2021年にYUIDEA入社後はサステナブル・ブランディング事業推進責任者として、オウンドメディア『サステナブル・ブランド・ジャーニー』運営の他、プログラム開発やコミュニケーション設計の提案などを通じて企業・団体のサステナブル・ブランディング支援に取り組んでいる。 https://sb-journey.jp/

バナー:地球は今どうなっているの?