「天然酵母」パンって何だろう?
酵母も小麦も、長い歴史をもつものだ。そのため、長い歴史によって育まれた味の違いを、ただ単純に楽しむことも大事ではないかと思っている。体に良さそう、というイメージだけではなく、おいしい、と思えるものを、自分の基準で選んで楽しんで欲しいとも思う。おいしいものが、心にも体にも栄養になる!!というのが私のモットーだ。
「体に良さそう」「お客様ウケしそう」
これは、6次産業化(※1)ブーム時に私がパン職人として修業を始めた際、「天然酵母」パンに持っていたイメージだ。(※1)農林水産省HP 参照
私は、生まれ育った興居島(ごごしま)で、家業の農家見習い兼パン職人として活動している。パン職人になったのは、本当に思いつきだったが、元々、自分が納得できる物で作り手の方をしたいと思っていたし、かねてより、実家で売り物にならずに廃棄せざるを得ない農作物をもったいないと感じていて、加工品として販売したいとも思っていた。また、今も昔もごはん党で、2才から包丁を持って料理もしていたが、家でパンを作ったことは一度もなかったのも関係していたのかもしれない。
【手ごねパンを作っている様子①】
弟子入りさせてもらったお店では、「天然酵母」パンとイースト使用のパンとの両方を作っていた。しかし、「天然酵母」パンとは、工業製品の顆粒状になった物を、水に溶かして発酵させて使うやり方だった。「時間がかかるインスタント・ドライイースト(※2)」という印象で、味もイーストを使うパンとそれほど違いを感じることができなかった。
(※2)インスタント・ドライイースト:予備発酵の手間もなく、粉に直接混ぜ込んで使える細かい顆粒状のイースト。発酵力が強く使用量は生イーストの1/3程度で良いため、その扱いやすさから家庭でのパンづくりに向いているとされる。
【手ごねパンを作っている様子②】
師匠の「素材の勉強をしなさい」という言葉を胸に、その後も各地でパンの修行を続けていたある日、「自家製酵母」という存在を知った。ある食材(果物や酒類やヨーグルトなど)と少しの砂糖と水を一緒にして置いておくとブクブク泡立ってくる。そこに小麦粉を添加すると、発酵してドロドロの状態になる。しばらく繰り返すと、酵母菌が活発になって他の菌を殺してくれる。これが、種(ルヴァン)で、この種を自分のところで作ってパンに使用しているお店は、「自家製酵母」を使っている、ということになる。
【自家製酵母の工程途中の様子】
私も、家でとれる枇杷を使って自家製酵母を作ってみた。パンの形になった。見た目も味も、インスタント・ドライイーストを使って作ったときと同じだった。時間がかかっただけやん、と思ってしまった。自家製酵母を使って作っているお店のパンは、独特の酸味や風味があるが、小麦本来のうま味とはまた別物であり、また、その酸味や風味は、抹茶やチョコやよもぎなどの別に加える素材の味を邪魔してしまうと私は感じている。あんこやクリームといったフィリングもしかりだ。
【パンの一次発酵後の様子①】
どれも、酵母は差別なく天然である。顕微鏡で見てみても、どの種も同じらしい(※3)。そのため、「いちばん扱いやすくて、素材の味がよく分かるインスタント・ドライイーストでいいやん」と思った私は、まだまだ修行の途中ではあるが、パン作りにおいて現時点でこだわっていることがいくつか紹介する。(※3)参考文献『LAND2 小麦粉の料理人』
【パンの一次発酵後の様子②】
歯切れのよいパンにするために、手ごねで生地がつながるタイミングを見極め、しっとりしたパンにするために、スチームを入れて焼いている。強力粉は、国産の「はるゆたかブレンド」という粉を使っている。なぜなら、最初のパン屋さんで修業した際に、世間で「ブレンド米騒動」が起こったのだが、家業がお米屋さんの同僚が「お米のブレンド具合が、米屋の腕の見せどころなんだけどなあ。」と話していたのをヒントにしたからだ。
また、生地をこね上げてからオーブンで焼くまで、一度も生地を冷蔵庫には入れない。食パンやハード系のパンなどは風味を加えるために石臼挽き強力粉の老麺を入れるのだが、以前はそれだけは冷蔵庫で一晩寝かせていたものも、最近は冷蔵庫に入れず、中種法のような作業工程だ。そして、パンの出来を安定させるためにインスタント・ドライイーストのみを使い、食材の持ち味を最大限感じることができるようにしている。
低温長時間発酵させると乳酸菌が増えて消化にいいと言う人もいるが、その行程で作るパンはハード系のパンが多くなり、逆に消化しにくくなる。消化にいいから、という基準でパンを選ぶのは、体調を気にしている時くらいでいいのではないか。
世の中に「天然酵母」パンは数多く存在するが、イメージにとらわれることなく「よく知ること」は大事だ。それだけではなく、自分の五感で感じてほしい。これはパンに限らず、何事でもそうだ。食なら「おいしい!おいしそう!」という自分の直感をぜひ信じてほしい。これこそが、食や生活、ひいては人生そのものを楽しむポイントだと思う。