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COLUMN&INTERVIEW

SDGs連載【第8回】奥山を再生させたい!ブナの森づくりプロジェクトで自然と人をつなぐ/久万高原町 特定非営利活動法人 由良野の森

持続可能でよりよい世界を目指すための国際目標「SDGs(エスディージーズ)」。今回は、このSDGsに関する取り組みをご紹介する連載の【第8回】。

久万高原町で「自然と人の本来の関係性を求めていく」活動を行う、特定非営利活動法人 由良野の森の代表 鷲野宏さんにお話をお聞きしてきました。

「人と生き物が幸せに暮らす場所を作りたい」というシンプルな想いから生まれた由良野の森。活動の軸である「ブナの森づくりプロジェクト」や、桑の実を使った商品開発、世界で今起きている課題を学ぶ取り組みや、皆の「自然観」を取り戻すというビジョンまで、詳しくご紹介します。

プロフィール紹介

特定非営利活動法人 由良野の森
代表 鷲野 宏さん

愛媛県上浮穴郡久万高原町出身。1999年秋、沖縄県の西表島に移住し、大自然の中で生活。2003年、由良野の森創設者である清水医師の誘いで、母親の故郷である久万高原町に戻り、由良野の森の管理を任される。清水氏の意志を受け継ぎ、2017年にNPO法人化。代表に就任した。

鷲野宏さん

「人と生き物が幸せに暮らす場所を作りたい」シンプルな願いから誕生した、由良野の森

–まず「由良野の森」について教えてください。

鷲野宏さん(以下、鷲野): 「由良野の森」は、2003年の春、医師である清水秀明氏が、由良野に約3haの土地を購入したところからスタートしました。清水氏は、「木を植えて、人と生き物が幸せに暮らす場所を作りたい」つまり、自然と人との相互依存と共生関係の本来の姿を求めてこの取り組みを進めました。今思えば、SDGsのゴールと近い考え方だと言えますね。

由良野の森には2つの解釈があります。一つは、自然と人との共生の場としての「由良野の森」。そしてもう一つは、自然と人の本来の関係性を求めていく活動を行う「特定非営利活動法人 由良野の森」です。この法人は、私が清水氏から活動を引き継いだ2017年に設立しました。

定款にも記載していますが、当団体の目的は、
国内外すべての人を対象とし、豊かな里山環境での生活体験や学習事業・文化交流事業等を行い、その体験を通じて、自然と人とが互いに影響し合いながら変化していくという関係性を再認識することによって、常に幸せを感じられる、より良い持続可能な社会づくりに寄与すること
としています。

由良野の森は、みんなが「ホッ」とできて、「ハッ」とする場所であることを目指しています。

【関連】インタビュー 由良野の森 Hiroshi 宏


【関連】インタビュー 由良野の森 Yoko 陽子

–由良野の森として、目指されているビジョンについて教えてください。

鷲野:ビジョンは「未来をみんなで描くこと」ですね。

戦前まで、山奥には自然林がありました。「みんなの森」だったんです。「神がいるから触れられない自然だ」「大切な場所だ」と、皆が認識していた。つまりそういった「自然観」を再び皆が持っている状態になってほしいですね。

創設者の清水氏は、自身が購入した由良野の森についても「誰の森でもなく、育てていこうとする人の森です」と語っています。そもそも、自然は「人が所有する」という感覚ではない。そういった自然観を取り戻すことは、可能だと思っています。

みんなの手で種を拾い、苗を育てる。奥山の再生を願う”ブナの森づくりプロジェクト”

–由良野の森のビジョン実現のため、さまざまな取り組みをされています。まず「ブナの森づくりプロジェクト」について、具体的に教えてください。

鷲野:由良野の森の活動の軸になっているのが、「ブナの森づくりプロジェクト」です。目的は、奥山を本来の姿に戻すこと。「ブナ林」に象徴されるような、人工林が造られる以前にあったと考えられる自然植生を、可能な限り復元するような森づくりです。

最初はプランターにひとつ、ブナの苗をいただいたことから始まりました。その苗を、奥山に植えようと考えていたんです。でも、よくよく聞いてみるとブナは6〜7年に1回程度しか豊作が無く「来年も植えたい」と思っても苗が無い。また、一般に流通している苗だと、どこで採れたものなのか分からない。自然を復元するとき、遺伝子を撹乱させないために木の大きな移動は避けるべきとされているんですね。だから、自分たちで苗を供給する必要がありました。

それで、みんなでブナやミズナラをはじめとした種を拾い集め、苗木を育て、それを植えていくという取り組みを始めました。

–2017年にスタートしたとお聞きしています。4年経過して、今の状況はいかがですか?

鷲野:スタート時は少人数でしたが、賛同者がどんどん広がって、現在はたくさんの方が関わってくれるようになりました。

まず、このプロジェクトは現在「地球環境基金」「瀬戸内オリーブ基金」「伊予銀行環境基金『エバーグリーン』」の助成と「ゆうちょエコ・コミュニケーション」からの寄付を受けて活動しています。

種を採取する作業は、ボランティアの方々をはじめ、フリースクールの生徒たちにも手伝ってもらっています。また、障害福祉サービス事業所に苗を預け、定期的な水やりも依頼。植物の専門家にも入っていただき、「奥山の再生」というゴールのために何が必要なのかを検討し、その仕組みづくりも行っています。

ただ、もう一つ大きな課題があったんです。例えば、山にその土地本来の木を植えたとしても、そこは個人の土地なので、世代交代で持ち主が変わると伐られてしまう可能性があるんですね。多くのボランティアの方の活動や寄付をいただいているのに、そうなってしまうと意味が無い。それなら、最終的にそこを保護区にしなければいけないと思いました。実際に、環境省も「国土の30%以上を自然保護区などにする」という方針を示しています。

現在は、守るべき山を保護区にするためにはどうすればいいのか、弁護士や、税理士の先生方にもチームに入ってもらい検討しているところです。私たちが目指す大きなゴールには、いくつもの課題があり、それをみなさんの力を借りながら、一つひとつクリアしています。

–この取り組みを、今後はもっと広域に広げていかれるとか。

鷲野:はい。11月からは「森・人・これから〜森の復元プラットフォームセミナー〜」をスタートします。これは、ブナの森づくりプロジェクトを由良野の森だけでなく、四国中で展開するためのプラットフォームづくりの第一歩。徳島大学大学院教授 鎌田麿人氏、日本メメント・モリ協会代表理事 占部まり氏、そして環境省環境事務次官 中井徳太郎氏をお招きし、全3回にわたり特別講演を開催します。このセミナーを通して、奥山復元の重要性を、みなさんにご理解いただきたいと考えています。
【関連】森・人・これから〜森の復元プラットフォームセミナー/由良野の森

プランターにブナの種を植える作業

桑の実のジャムや大福も!商品開発で、売上を森づくりに還元

–ブナの森づくりプロジェクト以外にも、さまざまな取り組みをされていらっしゃるとか。

鷲野:はい。まず、由良野の森を訪れてくださった外国人の方々と、飾らない言葉でコミュニケーションをとることを通じて「OPEN Heart(心をひらく)」な人間形成を目指す「Meet the world」というイベントを開催しています。ただコロナ禍での開催が難しくなっているため、今年はドキュメンタリー映像ディレクターの方をお招きし、日本だけでなく世界の「環境」や「社会」を取材するなかで体感した現代の問題をシェアしていただきました。このイベントを通して、話を聞いた方々の行動や活動が変化することを願っています。


2018年に開催したMeet the worldの様子

また「森を戴くプロジェクト」として、レストランやお店と提携し、由良野の森で採れた食材を使った料理を味わうイベントも開催しています。

昨年は、東温市にあるロカンダ・デル・クオーレというレストランのオーナーシェフ 青江さんに、由良野の森で捕獲した猪を使ったイタリアンのコース料理を作ってもらいました。ジビエの美味しさに触れていただいた後には、現役の猟師さんの講演も。参加者の方には、森と獣の関係性に関する課題や、その原因が「人間」にあること。さらには、害獣駆除の実態もご理解いただきました。

また、松山市にあるブーランジェリー プース・ド・シェフというパン屋のシェフ 得居さんには、由良野の森で採れた桑の実でジャムパンを。老舗和菓子店の林仙堂の林さんには、桑の実大福「慈実(いつくしみ)」を作っていただき、商品化しました。その売上の一部は、ブナの森づくりプロジェクトに寄付いただいています。

桑の実で作られたジャムを試食

由良野の森を、自然観が養える場所に!”未来をみんなで描くこと”を目指す

鷲野:由良野の森ではほぼ毎年渇水が起こり、断水になります。近所のお年寄りには「昔は水が豊富で、水が切れないところで有名だった」と言われました。国土地理院の航空写真でかつての状況を確認してみると、奥山の頂上に豊かな天然林があったんです。しかし、高度経済成長期の拡大造林で、ブナの木はすべて切られてしまい、そこに人工林ができた。そうして、豊かな山の機能が奪われ、渇水や豪雨による土砂災害が起こりやすくなってしまったんです。

そもそも、災害の起きやすい場所では事業もできないし、由良野の森での生活自体も難しいのでは、と考えたこともありました…。でも、山の上で起こっていることは、いずれみな、町の暮らしに影響します。ここに住んで「水の大切さ」を経験した私たちが、行動を起こさなければ、と思い活動を続けることに決めました。

ただ、この課題を解決していくためには、私たちの力だけでは難しい。だから、由良野の森を、自然と人との関係性を学び、自然観を養えるような場にできればいいと思いました。冒頭でお話したビジョンにも繋がりますが、奥山を「みんなの森」として認識し、「大切な場所」と感じられるような自然観を醸成したいですね。


プレーパークで川遊びする子どもたち

編集後記

子どもたちと由良野の森へ遊びに行くと、ヤギの「お嬢」と散歩したり、おたまじゃくしをすくったり、鶏を追いかけたりと、いつもの引っ込み思案な性格はどこへ!?と思うほど、いきいきと動き回っています。次世代である子どもたちが自然に触れ、好きになり、そしてかつての自然観を取り戻してくれたら、明るい未来が待っているのかなと思いました。

人間は、自然の力が無くては生きていけません。私も、自然の課題を自分ゴトと捉えられるよう、まずは知ることから始めたいなと感じました。

この記事を書いた人

三神 早耶(みかみ・さや)

愛媛県松山市在住。大学卒業後、広告代理店の営業や進行管理などを経て、2016年からフリーライターに。ビジネスメディアや、地元経済誌、企業のWebサイト等において、取材や記事の執筆をしています。私生活では2児の母。趣味はキャンプと仕事。

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